パオはごくごく普通の街場のパン屋です。毎日当たり前に、当たり前なパンを焼いています。はったりや、嘘のない正直な作り手の顔が見えるパン作りを心がけています。パオのパン作りはパンの元種となる酵母をフルーツやジャガ芋など自然の素材から育てていくことから始まります。ゆっくりと時間をかけて育てた自家製天然酵母のサワードゥ「パン種」に産地の異なる数種類の国産小麦と水を加えて仕込んだパン生地を寝かせておくと自然のテンポでゆっくりと発酵を始めます。
生命のもととなる自然な食材に不自然なものをいっさい加えることなく、ヨーロッパの伝統的な長時間発酵という丹念な製法によって本来小麦粉が持つ味わいが熟成していくのを待ち、パンの顔を整えていきます。それにより小麦粉は風味豊な味わい深いパンへと生まれ変わっていきます。
このパンが生まれ出るまでの過程を見守り手助けすることが、ヨーロッパの伝統的なパン屋の仕事であり、この伝統を守りながらパオの天然酵母パンは焼かれています。日本の風土のなかでゆっくりと発酵させ、しっかりと焼きこまれたパオのパン達は、四季折々に違った顔を見せながら天然酵母特有の酸味を含んだフルーティーな香りと生命ある食べものとなるのです。
天然酵母パンの名店ルヴァンを立ち上げたフランス人ピエール・ブッシュさんは故郷の南フランスから初めて日本に向かったヒッチハイクの旅の途上、ギリシャの小さな村で出会った全粒粉と塩と水というシンプルな材料で焼かれたブスモ・パブロ「貧乏人のパン」と呼ばれるパンにヨーロッパのパンの基礎を実感し、そこに以前から興味を持っていた伝統的な日本食にも共通する素朴で健康的な食のあり方を見出しました。
ヨーロッパの小麦文化と日本の米文化の基礎を大切に、ご飯のように主食になるパンを焼こう。そんな思いからブッシュさんは1985年に埼玉県北本市に天然酵母のパン屋ノヴァを始めました。
そのブッシュさんと出会ったことが、僕がパンの世界に入るきっかけとなり物語は続いていきます。特にパン好きというわけでもなかった僕はブッシュさんとの出会いから天然酵母パンに魅せられ、その世界にのめり込んでいきました。
パオのパン作りの原点はノヴァにあります。パンに対する思い、パン作りの精神をブッシュさんから学び、毎週ノヴァの工房に通って、パン作りの基本を身につけていきました。
ノヴァがパン屋としての業務を終了した今も、その原点は変ることなくパオに息づいています。ご飯のように主食になるパン、食べる人たちが幸せになれるパン、そんな日本のパンを作ろうという思いで毎日パンを焼いています。物語はブスモ・パブロからパオへ、続いています。